う飄々(仮)

いうてまじめやで。

それから、

 

夏目漱石という作家について、この記事では、客観的にそのすばらしさを書く。

 

まず、何と言っても一番わかりやすい漱石のすばらしさは「顔」だ。

 

f:id:ryryoo22:20130204154600j:plain

 

これなどは完璧なショットで、ほとんど奇跡といってもいいほどの出来だ。

よく、イケメン文豪として引き合いに出される作家に芥川龍之介太宰治がいるが、頭ひとつ飛び抜けた存在として漱石は君臨している。イケメンという言葉がかえってピンとこないほど整った顔立ちといい、哀愁をにじませる表情ではあるが決してやり過ぎにはならない抑制の効き方といい、無二の顔である。ちょっとあり得ないようなヒゲもポーズもよく似合っていて、文豪としての華がある。

何かを持っているということが顔だけ見ても明らかだ。

 

f:id:ryryoo22:20130204160009j:plain

若かりし頃の漱石

 

それから、持っている男、漱石がすごいのはその本名だ。

 

 夏目金之助

 

ちょっと直截にすぎるというか、安易なネーミングというか、ズバリ言ってしまえば、かなり俗っぽい。精神主義的なところが一切感じられなくていっそ清々しいぐらいだ。しかしこの即物的名前の持ち主が、日本を代表する文学的知性として、のちに千円札の顔にまでなるのだから、持っていると言わざるを得ない。そのうえ弟子としてもっとも有名になる男の名前が龍之介(本名)というオマケ付きである。

 

ここまで顔と名前という所与の条件でそのスーパースター性をいかんなく発揮している漱石だが、その心性にもスターにふさわしいものがある。

 

まず、官費でロンドンに留学して、留学先で引きこもるというアクロバットをこなしている。当然のことではあるが、漱石のなかに差し迫った心的葛藤が渦巻いていたのは間違いない。その闇をのぞこうとすると深淵に引きずり込まれる危険さえあるかもしれない。でも、一步引いて見ると、わざわざロンドンくんだりまで留学しておきながら、部屋に引きこもって過ごすというのはやっぱり可笑しい。

しかし、このときのひきこもり(=勉強)がのちの小説家漱石の誕生につながるのだと思うと、留学には大きな価値があったといえる。

 

小説家漱石の誕生はけっこう遅い。

帰国後からそれまでは英文学者として学校で英語を教えたりしていた。なかなか癇症の教師だったようで、あるとき、授業中ずっと懐手をしている生徒を見つけて腹を立て、「なんだその態度は!ちゃんと腕を出して話を聞け!」と叱ったところ、べつの生徒から「彼には腕がないんです」と言われ、思わずうろたえてしまったというエピソードが残っている。ただ、そのとき金之助先生は勘違いで叱った生徒に詫びたうえで、「僕もない知恵を無理に出して教えているんだから、君もない腕くらい出してくれないと困る」と恥ずかしさをごまかしながら茶目っ気を出している。

 

それからいろいろあって、ついに小説を書き始めるその作品こそ『吾輩は猫である』である。ふざけた題名だが興味を惹かれるのもたしかだ。

漱石の作品のすばらしさなどについては、文芸評論家のみなさんがものすごい力で取り組まれていて、それを読むのも漱石作品に触れる楽しみのひとつにも数えられる。江藤淳吉本隆明山崎正和蓮實重彦が論じた漱石を読んだが、どれも面白かった。

ここで個別に作品の良さを書くのは無理なので、題名のおもしろさという点にしぼって、いくつかのタイトルを取り上げる。

 

吾輩は猫である

これはものすごいキャッチーなタイトルで、夏目漱石と彼の作品が存在しない世界を想定してみて『吾輩は猫である』という言葉を初めて知ったとしても、これだけで作者は天才疑惑を抱かずにはいられないほどのタイトルだと思う。たとえば「私は猫です」とか「僕は猫だ」というのは、同じ意味だけど全然しょぼそうなのに比べて、「吾輩」「である」の大仰さに「猫」というかわいらしさを挟み込むことの効果はすごい。一人称を複数持つ日本語の特徴を活かし方、be動詞の構文のようなムダのないシンプルさと相まって、ベストセラー間違いなしと思わせるタイトルだと思う。

 

 

坊っちゃん

これなんか主人公を指す言葉をそのままタイトルにしてるだけなんだけど、本当にこれしかないほどピタッとしたタイトルでもうどうしようもない。

 

夢十夜

「こんな夢を見た。」を10かさねる効果はばつぐんだ。

 

三四郎

大学生の主人公の名前がタイトル。なんだその名前は。三なのか四なのか。どっちつかずというのが中身と呼応している。

 

それから

これは日本の小説の中で一番のタイトルだと思う。一番好きな小説だということを抜きにしても、日本一のタイトル。「それから」以上に多くの意味を含ませられる言葉はない。本当にすごい。

 

彼岸過迄

新聞連載で正月から書き始めて、彼岸過ぎ迄書くだろうということで付けられたタイトル。アンニュイだけど字面はカチッとしてるそのギャップの感じ。

 

こころ

こころなんてタイトルを付けて小説を書けるなんて他の誰にできるだろうかという感じで凄まじい。しかも読後に違和感がないのが不思議でしょうがない。「それから」とは違って「こころ」はまだ思いつきそうなものだけど、そのタイトルでいこうとするのはまた別のこと。その心はどうなっているのか。

 

明暗

漱石の作品のなかでもっとも遺作にふさわしいタイトルが遺作になっている。

 

草枕、虞美人草、道草

草シリーズと名づけて関連を探したくなる。

 

 

漱石は、前期三部作といわれる『三四郎』『それから』『門』の順番でとりあえず三作読んでみて、あとは気になるタイトルから読み進めていく読み方がいいと思う。

有名どころの『こころ』『吾輩は猫である』はある程度漱石に慣れてから読んだほうが楽しめる。『坊っちゃん』は読みやすいけどイレギュラーなので、リズムを次につなげにくい。

『三四郎』は主人公が田舎から上京してくる大学生なので、学生には親しみやすい。

『それから』は大学卒業後の高等遊民(今で言うニート)が主人公で、文豪漱石のイメージとニートのミスマッチが興味を惹きやすい。

 

とくに『それから』の主人公・代助の感覚は現代に通じるものがあるというか、かなり進取に富んだ考え方をしているので、見ていて面白い魅力的な主人公だと思う。ビビりなんだけどやけに堂々としているところとか、なかなか目が離せない。

『それから』から読むのも全然ありだと思う。むしろおすすめ。